| ★19世紀後半 |
イングランドの社交的な娯楽として始まった。 |
| ★1902年(明治35年) |
坪井玄道が英国からピンポンセットを日本に持ち帰る。 |
| 1926年 |
第1回世界卓球選手権大会(ロンドン) |
| 1937年 |
日本卓球ルール「競技者の服装は白色標準を廃し、その上衣は単一色(白色を含まず)なるを標準とす」 |
| ★1947年 |
サーブはオープンハンドで行うことに |
| ★1952年 |
第19回世界選手権(ボンベイ大会)。佐藤博治が日本人で初の世界チャンピオンに。 |
| ★1954年 |
第20回世界選手権(ロンドン大会)から日本は25年間連続して世界タイトル獲得。 |
| 1956年 |
世界選手権(東京大会) |
| 1963年 |
世界選手権(プラハ大会)。促進ルールが適用された。 |
| 1965年 |
世界選手権(リュブリアナ大会)。ぶっつけサーブが禁止に。 |
| ★1971年 |
世界選手権(名古屋大会)。男女団体とも決勝は日本対中国。欧州男子18年ぶり単(ベンクソン:スウェーデン)複(ヨニエル・クランパ:ハンガリー)2冠。中国選手団が米国卓球チームから親善試合の申し入れを受けた。「ピンポン外交」米中雪どけのきっかけとなった。 |
| 1973年 |
世界選手権(アレキサンドル大会)男子団体スウェーデン初優勝。 |
| ★1981年 |
世界選手権(ノビサド大会)。中国七種目完全優勝。 |
| ★1983年 |
世界選手権(東京)。この大会の後、両面に貼るラバーは同色禁止に。ボディハイドサービス禁止。 |
| ★1987年 |
荻村伊智朗が国際卓球連盟会長に(94年まで) |
| ★1988年 |
ソウルオリンピックで卓球がはじめてオリンピック種目になった。(男子シングルス決勝は劉南奎と金g沢、劉が優勝) |
| ★1989年 |
全日空杯第1回ジャパンオープンで、はじめてオレンジイエローボールとブルーの卓球台が使われた。 |
| ★1990年 |
この頃からプレーヤーの間でボールがよくはずむ新接着剤の要求高まる。 |
| ★1991年 |
第41回世界選手権(千葉大会)、北朝鮮と韓国がコリア統一チームで出場。(コリア統一チームは、団体女子で中国を破り優勝) |
| 1992年 |
大阪で少年が卓球用接着剤でシンナー遊び。国際卓球連盟はトルエン、トリクロロエチレンなどの有害な溶剤を含む接着剤の使用禁止発表。(95年公認接着剤の使用認める) |
| ★2000年 |
世界選手権(クアラルンプル大会)。男子団体はスウェーデンが中国を3-2で破り優勝。日本男子は3位。女子ベスト8。 |